東京ドイツ村殺人事件
三姉弟の夏休みミステリー

茜色の夕日が花見川のゆったりとした流れを染め上げる頃、千葉市花見川区横戸町の穏やかな住宅街に、ごく普通の家族、岡野家は暮らしていた。父は地元の内装職人として腕を振るい、母の由衣(ゆい)は大手企業で経理を担当する、しっかり者だ。そして、この物語の主人公である三姉弟――長女の芽依(めい)、長男の琥右(こう)、次男の**碧央(あお)**がいた。

長女の芽依は、2010年生まれの15歳。長い黒髪を揺らし、常に冷静沈着。学校の成績は常にトップで、家では弟たちの面倒をよく見るしっかり者だ。だが、たまに見せるお茶目な笑顔が、彼女がただの優等生ではないことを物語っていた。

長男の琥右は、2012年生まれの13歳。茶色く染めた髪を無造作にセットし、運動神経抜群の彼は、サッカー部のエースとして活躍している。少しおっちょこちょいな面もあるが、いざという時には頼りになる、熱い心の持ち主だ。

そして、末っ子の碧央は、2017年生まれの8歳。くりくりとした大きな瞳が特徴的で、年齢に似合わず大人びた言動が多い。彼の最大の武器は、そのずば抜けた観察力。誰も気づかないような細かな点にも目を向け、時として事件解決の糸口を見つけ出す。

岡野家の自宅からほど近い場所には、静かに流れる花見川があり、その上には赤い弁天橋が架かっている。近所には子供たちが大好きな鷹の台弁天公園があり、休日はいつも賑やかだ。少し足を延ばせば、京成本線大和田駅があり、電車に乗って都心に出かけることもできる。国道16号線沿いには、家族みんながお気に入りのパンケーキの美味しい店「cafe a tempo」があり、休日のブランチはそこで過ごすのが恒例になっていた。

「ねぇ、お母さん!早く東京ドイツ村行こうよ!」
碧央が、朝食をかきこみながら由衣にせがんだ。今日は、岡野家にとって年に一度の家族旅行。行き先は、子供たちがずっと楽しみにしていた東京ドイツ村だ。

「はいはい、わかってるわよ。でも、ちゃんと食べないと力が出ないわよ、碧央」
由衣は、ニコニコしながら碧央の頭を撫でた。父は、慣れた手つきで車の荷台にクーラーボックスを積み込んでいる。

「芽依姉ちゃん、東京ドイツ村に釣り堀あるってよ!俺、絶対大物釣るからな!」
琥右が、興奮気味に芽依に話しかける。芽依は、スマホで東京ドイツ村の地図を確認しながら、
「琥右はいつもそればっかりね。パターゴルフも面白そうだし、ジージの森も行ってみたいわ」
と、にこやかに答えた。

館山自動車道の姉崎袖ケ浦インターチェンジを降りて約10分、東京ドイツ村の大きなゲートが目の前に現れた。ゲートをくぐると、広大な敷地に色とりどりの花が咲き乱れ、まるで絵本の世界に迷い込んだようだ。

まずは観覧車に乗って、東京ドイツ村全体を見渡した。眼下には、釣り堀やパターゴルフ場、レイクエリアでスワンボートを漕ぐ人々が見える。

「うわー、すげー!あっちも行きたい!こっちも行きたい!」
琥右が、目を輝かせながら指を差した。碧央は、地図を広げて真剣な顔でアトラクションの位置を確認している。

お昼は、園内のレストランでソーセージとビール(もちろん父と由衣だけだ)を堪能した。午後からは、子供たちのリクエストで釣り堀へ。琥右は、釣り竿を握りしめ真剣な表情で浮きを見つめている。碧央は、飽きずに池の周りを散策し、珍しい鳥を見つけては芽依に報告していた。芽依は、そんな弟たちを優しい眼差しで見守っていた。

その日の午後、事件は起きた。
家族でコキアの谷を散策していた時のことだ。赤く染まり始めたコキアの絨毯は、息をのむほど美しい。由衣が、少し離れた場所にある公衆トイレに寄ると言って、家族と別れた。

「お母さん、遅いね」
碧央が、腕を組んでつぶやいた。それから15分ほど経っただろうか。由衣が戻ってこないことに、芽依も少し不安を感じ始めた。父は、
「心配ないさ、由衣は方向音痴だから、きっと道に迷ったんだろう」
と笑っていたが、その顔には微かな焦りが見て取れた。

「僕、見てくる!」
琥右が、駆け出そうとしたその時だった。けたたましいサイレンの音が、東京ドイツ村の静寂を破った。遠くで、人々の悲鳴が聞こえる。

「何かあったの!?」
芽依が、父にしがみつく。父は、事態を把握しようと、声のする方へ走り出した。
コキアの谷から少し離れた林の中で、人だかりができていた。警察官と救急隊員が慌ただしく動き回っている。父が人混みをかき分けて進むと、そこには信じられない光景が広がっていた。

倒れているのは、一人の男性。胸元から血が流れ、意識がない。そして、その男性の傍らで、由衣が呆然と立ち尽くしていた。その手には、血のついたナイフが握られている。

「お母さんっ!」
芽依が叫んだ。琥右と碧央も、父の陰からその光景を目にした。

「岡野由衣さんですね?殺人容疑で逮捕します」
警察官の声が、由衣に響き渡った。由衣は、何が起こったのか理解できないまま、抵抗することなく手錠をかけられた。

由衣が連行された後、岡野家は呆然とするしかなかった。警察は、由衣が被害者の男性と口論になり、衝動的に刺してしまったと判断しているようだった。だが、由衣は必死に無実を訴えた。

「私じゃないわ!私は、たまたまそこに居合わせただけなの!ナイフは、倒れている男性のそばに落ちていたのよ!」
由衣の言葉は、しかし、警察には届かなかった。現場の状況、由衣の手に握られたナイフ、そして彼女が唯一の目撃者であること。それらが、由衣を犯人だと断定するに足る証拠だとされたのだ。

岡野家は、千葉市内の警察署に由衣を訪ねた。由衣は、憔悴しきった様子で、だが力強く言った。
「私を信じて。絶対に、真犯人を見つけてほしいの」
その言葉に、三姉弟は強く頷いた。

翌日、捜査は本格的に始まった。被害者の男性は、東京在住の資産家、**竹本 健吾(たけもと けんご)**であることが判明した。彼は、東京ドイツ村の近くにあるゴルフ場、姉ヶ崎カントリークラブの会員で、事件当日もゴルフを楽しんでいたという。

警察は当初、容疑者を絞りきれずにいた。東京ドイツ村は広大で、事件発生時刻のコキアの谷周辺には多数の観光客がいたためだ。手当たり次第に聞き込みを開始したものの、決定的な証言は得られず、捜査は難航していた。

「このままじゃ、お母さんが捕まっちゃう…」
芽依が、焦りを隠せない様子でつぶやいた。リビングのテーブルには、東京ドイツ村のパンフレットと地図が広げられている。

「大丈夫だよ、芽依姉ちゃん。僕たちがなんとかする」
琥右が、力強く言った。碧央は、地図を広げたまま、じっと何かを考えている。

「ねえ、警察は、どうやって容疑者を絞るのかな?」
碧央が、ふと疑問を口にした。

芽依は、推理小説で得た知識を披露した。
「普通は、被害者との関係性とか、事件現場にいたかどうか、それにアリバイの有無なんかが重要になるわね」

その言葉を聞くと、三姉弟はそれぞれの役割を分担することにした。芽依は、被害者である竹本健吾の身辺調査をインターネットで始めた。琥右は、東京ドイツ村のSNSや口コミを徹底的にチェックし、事件当時の状況を探った。そして、碧央は、東京ドイツ村の地図とアトラクションの情報を頭に叩き込み、事件現場周辺の地理を分析し始めた。

「竹本健吾…大手企業の社長さんだったんだ。トラブルも多そうだな」
芽依が、パソコン画面とにらめっこしながらつぶやく。ネットニュースには、過去に竹本健吾が起こした訴訟や、金銭トラブルに関する記事がいくつか見つかった。

「お、これだ!竹本健吾、この会社と揉めてるぞ!」
琥右が、スマホの画面を芽依に見せた。それは、由衣が経理を担当する会社が以前、仕事の報酬を巡ってトラブルになった相手、**高山拓海(たかやま たくみ)**というフリーランスのカメラマンのSNS記事だった。

「この高山って人、事件当日、東京ドイツ村でコキアの写真を撮ってたって投稿してる!」
琥右が興奮気味に言う。芽依は、すぐに高山の過去のトラブルを詳しく調べ始めた。由衣の会社が発注した仕事の報酬を巡って、高山が高額な請求をし、由衣がそれを却下したことで揉めていたのだ。

「なるほど…これは、容疑者候補ね」
芽依が、高山の名前をメモに書き加えた。

碧央は、地図上でコキアの谷を中心に、公衆トイレまでの経路や、周辺のアトラクションとの位置関係を確認していた。
「コキアの谷のすぐ近くに、スーパースインガーとこども動物園があるね」
碧央が指を差した。

琥右は、スーパースインガーの口コミを調べていた。
「スーパースインガー、結構人気のアトラクションみたいだぞ。事件発生時刻にも、かなりの人が乗ってたって書いてある」

その中で、琥右の目に留まったのは、**小林沙耶(こばやし さや)**という女性のSNS投稿だった。
「この人、事件直前にスーパースインガーに乗ってたって言ってるぞ。しかも、竹本健吾と半年前まで付き合ってたって情報もある!別れたばっかりで、竹本さんが一方的に別れを告げたって…これは怪しい!」
琥右は、小林沙耶の名前を報告した。

芽依は、すぐに小林沙耶のSNSをたどり、投稿内容や写真を確認した。確かに、別れたばかりの竹本への恨み言のような投稿も散見された。

「それから、こども動物園だ。誰か怪しい人はいない?」
芽依が碧央に問いかけた。

碧央は、東京ドイツ村の公式サイトを熟読していた。
「こども動物園には、餌やり体験とかもあるみたい。時間帯が決まってるから、もしかしたらアリバイになるかも…」
碧央の言葉に、芽依はピンときた。もし、事件発生時刻に餌やり体験に参加していた人がいれば、その人のアリバイは強固になる。逆に、体験に参加したと偽っている人がいれば、それが嘘だと見抜けるかもしれない。

芽依は、竹本健吾の過去の事業に関するニュース記事を読み進めていた。すると、ある記事に目が留まった。竹本健吾が経営する会社で、不正経理が発覚し、経理担当が解雇されたという内容だ。その経理担当の名前は、加藤淳(かとう じゅん)。加藤は、解雇後、竹本を深く恨んでいると周囲に漏らしていたという。

「加藤淳…無職で、竹本さんを恨んでる…これは危険な匂いがするわ」
芽依は、加藤淳の名前を容疑者リストに加えた。加藤が事件当日、こども動物園にいたという目撃情報も、SNSで確認できた。

さらに、父が持ち帰った警察の聞き込み情報の中に、気になる記述があった。竹本健吾が事件直前までゴルフをしていたという内容だ。そして、そのゴルフ仲間として名前が挙がったのが、飲食店の経営者である田村隆(たむら たかし)。田村は事件当日、家族で東京ドイツ村を訪れており、「おもしろ自転車」に乗っていたと主張していた。

「ゴルフ仲間か…しかも、事件直前に電話で話してるって。何か隠してる可能性もあるわね」
芽依は、田村隆の名前も容疑者リストに追加した。

そして最後に、警察から得られた情報として、竹本健吾の秘書である**宮本亮(みやもと りょう)**の名前が挙がった。宮本は竹本と長年の付き合いで、信頼も厚かったが、最近、会社の資金を横領していたことが竹本にバレてしまい、クビになる寸前だったという。宮本は、事件発生時刻、ゴルフ場の更衣室にいたと証言し、監視カメラの映像もそのアリバイを裏付けていると警察は考えていた。

「秘書が横領…これは動機としては十分すぎるわね」
芽依は、宮本亮の名前を書き込み、容疑者リストはついに3人になった。

三姉弟の地道な情報収集により、警察が特定できなかった3人の容疑者が浮かび上がった。

容疑者1:高山 拓海(たかやま たくみ) 30歳
職業: フリーランスのカメラマン。
竹本健吾との関係: 由衣の会社との金銭トラブルで、竹本が間に入ったことで竹本を逆恨みしていた可能性がある。
アリバイ: 事件発生時刻、東京ドイツ村内の「ドリームハンター宝石さがし」のアトラクションにいたと主張。チケットの半券と、そこで見つけたという宝石の原石を証拠として提示。

容疑者2:小林 沙耶(こばやし さや) 25歳
職業: ネイルサロン勤務。
竹本健吾との関係: 半年前まで竹本と交際しており、竹本の一方的な別れに恨みを抱いていた。
アリバイ: スーパースインガーに乗っていたと主張。スタッフの証言と、乗り終わった直後にSNSに投稿した写真のタイムスタンプを提示。

容疑者3:宮本 亮(みやもと りょう) 35歳
職業: 竹本健吾の秘書。
竹本健吾との関係: 長年の付き合いだが、会社の資金横領がバレてクビになる寸前だった。
アリバイ: 事件発生時刻、ゴルフ場の更衣室にいたと主張。更衣室の監視カメラ映像がアリバイを裏付けている。

警察の捜査が行き詰まっていることを知った三姉弟は、自分たちで事件の真相を突き止めることを決意した。

「お母さんは絶対にやってない!私たちが、真犯人を見つけて、お母さんの無実を証明するの!」
芽依が、決意を固めた顔で言った。琥右と碧央も、力強く頷いた。

岡野家のリビングは、瞬く間に捜査本部と化した。壁には東京ドイツ村の地図が貼られ、容疑者たちの情報が書き込まれている。

「まず、容疑者たちのアリバイをもう一度洗い直そう」
芽依が、指揮を執るように言った。

琥右は、スマホで容疑者たちのSNSをチェックし始めた。碧央は、事件当時の東京ドイツ村の混雑状況や、各アトラクションの利用客数などを調べている。

「高山拓海の宝石さがしのアリバイだけど、宝石の原石なんて、どこにでも売ってるんじゃない?」
琥右が、疑わしげな顔で言った。

「確かに。でも、チケットの半券は本物みたいだし…」
芽依が考え込む。

碧央が、突然、声を上げた。
「ねえ、ドリームハンター宝石さがしって、出口で発掘した宝石を鑑定してもらえるんだよね?鑑定書とか、発行されないのかな?」

芽依と琥右は、ハッとした。
「そうか!もし鑑定書が発行されていれば、それが本物かどうか確認できるし、偽物ならアリバイは崩れる!」
芽依は、すぐに警察に連絡を取ったが、警察は「鑑定書は発行されない」と答えたという。

「うーん、これは難しいわね…」
芽依が腕を組む。

小林沙耶(こばやし さや)のアリバイ
次に、小林沙耶のアリバイだ。
「スーパースインガーって、相当揺れるアトラクションだよね?乗りながら写真撮るなんて、難しくない?」
琥右が疑問を呈した。

「それに、乗り終わった直後にSNSに投稿したって言ってるけど、普通の感覚だと、ちょっと一息ついてからじゃない?」
芽依も、違和感を覚えた。

碧央が、黙ってスマホを操作していた。
「ねえ、スーパースインガーって、座席の前にスマホを置くスペースがあるんだって。でも、揺れが激しいから、落ちないようにしっかり固定しないといけないみたい」
碧央は、スーパースインガーのレビュー動画を見せてくれた。確かに、動画を見ると、スマホを固定する器具が備え付けられているようだった。

「なるほど…でも、揺れが激しいのに、綺麗な写真を撮れるものなのかな?」
芽依が、さらに疑問を抱いた。

宮本亮(みやもと りょう)のアリバイ
最後に、宮本亮のアリバイだ。ゴルフ場の更衣室にいたという監視カメラの映像。
「監視カメラの映像って、本当に信用できるのかな?」
芽依が、慎重に言った。

「影武者とか、そういうこと?」
琥右が、SFのような発想をする。

碧央が、腕を組み、難しい顔で考え込んでいる。
「監視カメラの映像って、時間とか、映ってる人の服装とかはわかるけど、その人が何をしていたかまではわからないよね…」

「何をしていたか?」
芽依が、碧央の言葉を繰り返した。

「ねえ、お父さんの仕事って内装職人だよね?監視カメラって、設置するのにどのくらいの時間がかかるの?」
碧央が、父に質問した。

父は、少し驚いた顔をして、
「場所にもよるけど、まあ、数十分あれば設置できるだろうな。でも、それがどうした?」
と答えた。

碧央は、にやりと笑った。
「もし、宮本さんが、監視カメラに映っている時間に、あることをしていたら…」

三姉弟は、それぞれの容疑者のアリバイの穴を突き止めるため、さらなる調査に乗り出した。

高山拓海(たかやま たくみ)の嘘
芽依は、東京ドイツ村の「ドリームハンター宝石さがし」に問い合わせた。
「あの、宝石の鑑定書って、やっぱり発行されないんですか?」
芽依は、丁寧な口調で尋ねた。

「はい、お客様。当施設では、鑑定書は発行しておりません。あくまでお子様向けの体験アトラクションでございますので」
電話口の女性は、にこやかに答えた。

「そうですか…でも、もし、発掘された宝石が珍しいものだったり、高価なものだったりしたら、どうするんですか?」
芽依は、さらに踏み込んで質問した。

「その場合は、専門家にご相談いただくよう、ご案内しております」
女性は、マニュアル通りの返答だった。

芽依は、高山拓海が提示したという宝石の原石について、ネットで調べてみた。すると、東京ドイツ村の宝石さがしで出てくる宝石は、ほとんどが安価な石で、市場価値のあるものはまず出ないことが分かった。高山が提示した原石は、確かに本物ではあったが、それは東京ドイツ村の宝石さがしで手に入れたものとは限らないのだ。

小林沙耶(こばやし さや)の違和感
琥右は、小林沙耶がSNSに投稿したというスーパースインガーの写真を、拡大して確認した。
「あれ?これ、写真の背景に、他の乗客が全然映ってないな…」
琥右は、首を傾げた。

スーパースインガーは人気アトラクションで、常に多くの客が利用しているはずだ。にもかかわらず、小林の写真には、彼女一人しか映っていない。

碧央が、ふと、あることに気づいた。
「ねえ、スーパースインガーって、スタートする前と、降りた後に写真撮影サービスがあるよね?もしかして、この写真って…」

芽依は、すぐにスーパースインガーの係員に電話した。
「あの、スーパースインガーに乗車中に、自分で写真を撮ることは可能ですか?」

「はい、お客様。スマホを固定する器具もございますので、可能です」
係員は、丁寧に答えた。

「では、あの、写真撮影サービスで撮った写真と、自分で撮った写真を見分ける方法はありますか?」
芽依は、核心に迫った。

「あ、はい。サービスで撮った写真には、アトラクションのロゴが入ります。また、アングルも、お客様がご自身で撮るのとは少し異なります」
係員の言葉に、芽依は確信を得た。

小林沙耶が提示した写真には、スーパースインガーのロゴがはっきりと写っていた。そして、アングルも、係員が撮るような、全体を写し込むようなものだった。つまり、小林は、アトラクションに乗車中に自分で撮ったのではなく、サービスで撮ってもらった写真を、あたかも自分で撮ったかのように偽装していたのだ。そして、そのサービス写真は、アトラクションのスタート直前、あるいは終了直後に撮影されるものだ。彼女は、事件発生時刻には、スーパースインガーには乗っていなかったのだ。

宮本亮(みやもと りょう)の行動
碧央は、父に監視カメラの設置について質問した理由を明かした。
「お父さん、監視カメラの映像って、時間とか、映ってる人の服装とかはわかるけど、その人が何をしていたかまではわからないって言ったよね?」

「ああ、そうだ」
父は頷いた。

「もし、宮本さんが、監視カメラに映っている時間に、スマホを操作していたとしたら、その動きは映るよね?」
碧央は、真剣な顔で言った。

芽依と琥右は、碧央の意図に気づいた。
「つまり、監視カメラに映ることで、あたかも更衣室にいたように見せかけて、実際は…」
芽依が、言葉を続けた。

父は、ハッとした表情で言った。
「ゴルフ場で、何かを設置する場所があったとして、もしスマホのライトを使っていたら、その光が、監視カメラのわずかな隙間に映り込む可能性もあるな…」

碧央は、目を輝かせた。
「そう!そして、もし、その時間帯に、宮本さんがスマホで何かを操作していたとしたら、その動きが不自然に見えるかもしれない!」

芽依は、宮本亮が竹本健吾の秘書であるという情報に注目した。
「秘書なら、竹本さんのスケジュールを全て把握しているはずよ。ゴルフを終えて、一人になる時間帯も…」

三姉弟は、これまでの調査結果を統合し、真犯人を特定しようとした。

「まず、高山拓海は、宝石さがしのアリバイが崩れたわ。あの原石は、どこで手に入れたものかわからないし、もし鑑定書がないなら、証拠にはならない」
芽依が言った。

「小林沙耶は、スーパースインガーの写真が偽装だった。彼女は、事件発生時刻には、あのアトラクションに乗っていなかった」
琥右が続けた。

「そして、宮本亮。秘書という立場を利用し、竹本健吾の行動を全て把握していた。監視カメラの映像も、もし何かを隠しているとしたら…」
芽依は、宮本亮に強く疑いの目を向けていた。

碧央のひらめき
ある日の夜、岡野家はリビングで、容疑者たちの情報をもう一度見直していた。
碧央は、事件現場の地図をじっと見つめていた。コキアの谷から公衆トイレまでのルート、そして、被害者が倒れていた場所。

「ねえ、お父さん、もし人が隠れていたら、どこに隠れると思う?」
碧央が、父に尋ねた。

父は、少し考えて、
「うーん、林の中とか、物陰になる場所だろうな。特に、普段あまり人が通らないような場所なら、隠れやすい」
と答えた。

碧央は、ハッとした表情で、地図の特定の場所を指差した。
「ここ!コキアの谷のすぐそばに、小さな資材置き場があるよね?東京ドイツ村の端の方で、あまり目立たない場所だよ」

芽依は、碧央の言葉に、ピンと来た。
「資材置き場…もし、そこに誰かが隠れていて、お母さんがトイレから出てくるのを待ち伏せしていたとしたら…?」

そして、碧央は、さらに衝撃的なことを口にした。
「お母さんが言ってたよね?ナイフは、倒れている男性のそばに落ちていたって。でも、警察は、お母さんの手に握られてたって言った。これって、おかしくない?」

「そうよ!お母さんは、ナイフを拾い上げたとしか言ってなかったわ!」
芽依は、由衣の言葉を思い出した。

「もし、犯人が由衣さんの手のひらにナイフを押し付けたとしたら…」
琥右が、恐ろしい可能性を口にした。

真犯人の告白
三姉弟は、自分たちの推理を警察に訴えに行った。だが、警察は、三姉弟の言うことには耳を傾けなかった。
「証拠がない限り、捜査はできません」
と、警察は冷たく言い放った。

だが、三姉弟は諦めなかった。彼らは、もう一度、東京ドイツ村を訪れることにした。

事件現場となったコキアの谷と、その周辺を念入りに調べた。碧央は、資材置き場へと続く、普段あまり使われないような小道を注意深く観察した。

すると、道の脇に、小さな土の塊が落ちているのを見つけた。よく見ると、それは、靴の裏についた泥が固まったもののように見えた。

「これ、何だろう?」
琥右が、屈んでそれを拾い上げた。

碧央は、その泥の塊を注意深く観察した。そして、その中に、ごくわずかにだが、緑色の繊維が混じっていることに気づいた。

「これ…もしかして、ゴルフシューズの泥じゃないかな?」
碧央が、そう言った。

芽依は、ハッとした。ゴルフシューズの泥…ゴルフをしていた容疑者の中に、宮本亮がいる。

その時、碧央は、資材置き場近くの地面に、かすかな窪みがあるのを見つけた。まるで、何か重いものを置いたかのような、小さな跡だ。

「これ、何かの道具を置いた跡じゃないかな?資材置き場にあるものじゃない、別の道具…」
碧央は、そうつぶやいた。

そして、碧央は、一つの可能性にたどり着いた。
「もし、犯人が、被害者を刺した後、ナイフを由衣さんの手に握らせるために、何かをしていたとしたら…」

碧央は、スマホを取り出し、ある動画を再生した。それは、ゴルフのスイングフォームを分析するための動画だった。スローモーションで再生されるスイング。

「宮本亮は、ゴルフ場で竹本健吾とゴルフをしていた。そして、監視カメラの映像には、更衣室にいる宮本さんが映っていた…」
碧央は、ゆっくりと話し始めた。

「更衣室の監視カメラの映像をもう一度見てほしい。宮本さんは、更衣室で着替えているように見えるけど、よく見ると、右腕の動きが不自然じゃない?」

警察は、三姉弟の熱意に押され、再び宮本亮の監視カメラの映像を確認した。そして、碧央が指摘した部分に注目した。
確かに、宮本亮の右腕は、不自然な動きをしていた。まるで、何かを隠すかのように、あるいは、何かを準備しているかのように。

「もしかして、彼は、ゴルフのクラブを隠していたんじゃないか?」
芽依が、恐る恐る言った。

「ゴルフのクラブ?」
琥右が、首を傾げる。

「ゴルフクラブのシャフトは、細くて長い。もし、それを隠し持っていたとしたら…そして、ナイフを由衣さんの手に押し付けるのに、それを使ったとしたら…」
碧央は、淡々と推理を続けた。

警察は、すぐに宮本亮の身柄を確保し、取り調べを行った。

最初はしらを切っていた宮本亮だったが、三姉弟の綿密な推理と、新たな証拠(ゴルフシューズの泥と、監視カメラの不自然な動き)を突きつけられると、ついに観念した。

宮本亮は、全てを自白した。
彼は、竹本健吾に会社の資金横領がバレ、クビになることを恐れていた。そこで、ゴルフ場で竹本を殺害し、由衣に罪をなすりつけようと計画したのだ。

彼は、竹本がゴルフを終え、一人でコキアの谷に向かうことを知っていた。資材置き場の陰に隠れて待ち伏せし、竹本が通りかかったところで背後から襲い、ゴルフのアイアンで殴り倒した。その際、竹本はナイフを携帯していたが、彼はそのナイフを奪い、倒れた竹本の胸を刺した。

そして、由衣がトイレから出てくるのを待ち、由衣が竹本の死体を発見し、狼狽している隙に、ナイフを由衣の手に握らせたのだ。監視カメラの映像は、事前に録画しておいたものを流し、アリバイを偽装していた。彼が更衣室で不自然な動きをしていたのは、録画した映像を再生するための操作をしていたからだった。

宮本亮は、由衣が経理担当で、不正経理の知識があることから、彼女に罪をなすりつけることを思いついたという。由衣の会社と高山拓海とのトラブルも、彼が意図的に仕組んだものだった。

由衣は、無事に釈放された。警察署の出口で、父と三姉弟が由衣を抱きしめた。
「お母さん…ごめんね、私たち、もっと早く気づくべきだった…」
芽依が、涙ながらに由衣に謝った。

「いいのよ。あなたたちが、真実を明らかにしてくれた。本当にありがとう」
由衣は、優しい笑顔で言った。

岡野家は、再び横戸町の自宅に戻った。
「それにしても、碧央の観察力には驚かされたな」
父が、感心したように言った。

「ねぇ、今度、また東京ドイツ村行こうよ!今度は、事件とか起きないで、思いっきり楽しもう!」
琥右が、明るい声で提案した。

「そうね。今度は、もっと色んなアトラクションに挑戦しましょう!」
芽依も、笑顔で頷いた。

茜色の夕日が、花見川を照らしている。岡野家の窓からは、楽しそうな笑い声が漏れてくる。
難事件を解決した三姉弟は、これからも、家族の絆を深めながら、どんな困難にも立ち向かっていくだろう。そして、もし、また新たな事件が起きれば、彼らは再び、その類稀なる推理力と、家族の協力で、真相を解き明かしていくに違いない。

岡野家の物語は、まだ始まったばかりだ。